読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『小石川水道橋外・參河國加茂郡大嶋陣屋家録七、〇〇〇石旗本石川氏,喰違外御堀端・參河国額田郡本宿陣屋家録三、〇二四石旗本柴田氏を中心に』の「はじめに」の概略(五)

鶴田知大

神崎彰利

のように,他者の論考をなんの断りも無く,出典も記さずに「盗作」したり,著書の中で数え上げたら日が暮れそうな間違いだらけの辞典を書きながら「自分は旗本研究の第一人者だ。」といわんばかりのえばり腐ったやからについては,私は,吉川弘文館から出す予定の本書の中で,すべて実名・敬称削除で書くことにしている。

 私は,今では専門の学者ではないし,一郷土史研究家であり,年商数千万の自営業者でもあって,専門の研究家の「独特の世界」には全く関係がないからである。

 なお,こうして先日,パソコンのインターネットを繋いだこともあり,ブログ等で発信することも少しずつ覚えていきたい(逆に言うと,ほんの数日前まで,私の私宅の部屋には,インターネットすらなかった。私は極度の機械オンチ・機械ギライである)。

 一方で,御旗本についての著作の中で,私がつねに傍らにおいているものは,次の通りである。

◎新見吉治氏著『旗本』

 新見氏は,尾張藩士の末裔。ドイツにおいて史学を勉強され,百歳の生涯の最後の時期まで論文・著書を書き続けた。

 新見氏は,史学界が急速に左傾化した時期に,ご著書・論文の中でそれを堂々と批判された。たとえば江戸時代を「純封建社会」と捉える左翼研究者どもに,「日本に封建制度なし」と断言された。

 私も,江戸時代の領知(知行)は,西洋史でいうところのfeadalism(封建制)とは,全く違うと思っている。私は自らの小論に英題をつけるとき,estate(大土地)を使用した。その理由は,feadalismには,農奴が労働地代を領主に納めるという用件があり,

日本の江戸時代年貢は,時代が下るにつれて,ほぼ金・銀納制になるからである。

◎小川恭一氏著『江戸の旗本辞典』

 講談社文庫の一冊ながら,下手な大辞典よりも性格・簡潔な説明があり,便利な本である。

 小川氏は,サラリーマン経験があり,そのことが「江戸時代のサラリーマン」である御旗本・御家人の研究に影響しているのかもしれない。

◎若林敦之氏著『旗本領の研究』

 私が早大生時代に,初めて手にした御旗本に関する専門書。多くの御旗本研究が農村史料から進められるのと同様,若林氏の同著も同じである。

 しかし,若林氏の研究には,左傾化の痕跡が無い。たとえば農民から陣屋詰御代官に昇格した人物を,きちんと「武士身分になった」と記述されている。

 また,若林氏は,御旗本家の領知のことを「采地」と書かれている。『寬政譜』では,大名家・御旗本家のいずれの領知も「采地」と書かれているが,行政文書では,御旗本家の場合は「知行所」と書かれており(大身の家の場合例外もあり),研究論文ではこちらが一般に使用される。

 しかし,これはご存知の方はほとんどおられないだろうが,明治元年,新政府から「本領安堵」をうけた元旗本家は,その領知を「采地」と呼ばれた。

 もう一冊は,英国政治史から。

水谷三公氏著『英国貴族と近代 持続する統治1640-1880』

  世界で始めて議会制民主主義を醸成させた英国。その主人公は,左派の歴史家なら「ブルジョワ」というであろうが,水谷氏の著書では,今日でも残っている貴族階級がその政治を作り出したとする。時代が江戸時代とほぼ重なることもあって,(無意味であるとは知りつつも)比較・検討してしまう。水谷氏の江戸時代に関する諸稿も,英国史のご著書同様,英国風ウィットにとんだ文章で,難解ではあるが魅了される。

  なお,私は,英国英語(RP発音,英国人口の約3%しか話さないという,上流階級の発音・イントネーションではあるが)をほぼネイティヴなみに話すことができ,論文なども原書で読むことが出来る。これも,英語が苦手な人が多い日本史学者にたいする強みであると思っている。

他にも山ほどありますが,今日はこの辺で。