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『御旗本 小石川水道橋外・參河國加茂郡大嶋陣屋家禄七、〇〇〇石旗本石川氏,喰違外御堀端・參河國額田郡本宿陣屋家禄三、〇二四石旗本柴田氏を中心に(仮題)』の「はじめに」の概略(2)

 旗本大嶋石川氏,旗本本宿柴田氏について,他の一般的な多くの旗本家と違い,私自身が直系子孫の方を存じ上げている,ということは前述しました。ところで,この両旗本家については,もう一つ重大な共通点があります。

 それは,両家とも「高の人」(家禄三千石以上)の大身旗本であり,石川氏はいわゆる「參河以来」,柴田氏は戦国武将の嫡流という家柄でありながら,これまで刊行された書籍,あるいはネット上のサイトなどで,「正確な家紋」が掲載されたことが全く無い,という点です。私がこれまで見てきた限り,これらの両家の「正確な家紋」を掲載しているものは一つもありません。

 これも,「旗本知行論」や村の歴史をやっている方にはどうでもよいことなのかもしれませんが,「柳營学」のほうからすると,「正確な家紋」に訂正する必要があります。なぜなら,江戸時代には,家紋というものが今とは比べ物にならないほど重要なものであったからです。

 前述しましたが,柴田勝家の家紋はお土産やさんなんかにも売っていますが,すべて間違っています。

 旗本大嶋石川氏の正紋は,『寬政譜』によれば「二重輪篠龍膽」(にじゅうわささりんどう)です。直系子孫の岐阜県の石川様方では「いしかわりんどう」と呼んでいるそうですが,現当主石川裕医学博士の言われるように,一般に知られている「篠竜胆」のように花びらの先が尖っておらず,丸まった形をしています。そして,花の真ん中には小さな〇があります。これに内側に細い輪,外側に太い輪が描かれています。菩提寺であった法華宗大久寺(現在は田端に移転)に歴代当主の2メートル以上はあろうかという墓碑が並んでいますが,ここに刻まれた家紋は,まさにそのようなデザインとなっており,「正確な家紋」ということができます。

 旗本本宿柴田氏の家紋については,すでに前述です。

 実は上記の二家に限らず,旗本家の家紋には武功などによりその家だけに許されたものが多く,『旗本人名事典』などに掲載されたものは間違っていることが非常に多いのです。たとえば三河には,鈴木姓の旗本の采地が四家あったのですが,どの家も正紋は「抱き稲」ですが,各家ごとに稲の葉の折れ方が違うのですが,辞典類・サイト等では間違ったままです。