岡崎地方史研究会・豊田市郷土史研究会・早稲田大学日本史攷究会・・・・筆者が寄稿した研究会

岡崎地方史研究会

 ここで,これまでに,私(柴田)が書いたものを寄稿してきた研究会について紹介しておきたいと思います。

①岡崎地方史研究会 おかざきちほうしけんきゅうかい・・事務局,岡崎美術博物館内

 岡崎市高隆寺町字峠1 電話0564-28-5000(代表)

  岡崎地方史研究会は,三河史談会を前身として,昭和二十年(1945)に発足,その機関紙『研究紀要』は,平成二十八年度で第45号となる,たいへん長い歴史のある郷土史研究会です。

 私,柴田知憲は,同会の歴史部2部の幹事を仰せつかっております。

 『研究紀要』には,一地方史研究会のものとしては学術的かつ高度な論文もこれまで多数掲載されてきました。特に大学などのアカデミズムの世界で,1960年代以降~「東の崩壊」,「マルクスの死が」明瞭になった1990年代初頭の時期の掲載論文を見ても,史観偏向はほとんど見られないです。私(柴田)私見ですが,このような役割を果たしつづけてきた各地の郷土史研究会の『研究紀要』の類は,今なおふりかえる価値が十分にあると考えています。

 歴史とは何か。私は,ご自分の関心のあることを研究すれば良いと思います。

 ただ,「歴史観」めいたものは,もっておいた方が良いと思います。

 かつて,「歴史学」=唯物・発展史観マルクス主義でした。特に大学(アカデミズム)の世界では。私くらいがそ最後の世代じゃないでしょうか。

 つまりユダヤプロイセンマルクスの描いた図式,

 人間社会は一部の支配階級と大多数の被支配階級(生産者)の階級闘争であり,「革命」を経て、

 古代奴隷制→封建制→資本主義→社会主義共産主義

 そして,たとえば,「明治維新」は,封建制から資本主義への「ブルジョワ革命」なのかあるいはその前段階なのかといった,今日から見たらきわめて不毛で意味の無い論争が繰り広げられていたのです。

 

 「歴史とは,いくつかの偶然の政治の積み重ねの結果である。」

 

 私はそのような「歴史観」を,私はもっております。

 

 話が難しくなりました。

 郷土史研究会ですから,何も難しくは考えずに,気楽に史跡めぐりなどの行事へのご参加・『研究紀要』や機関誌「地方史研究会便り」への記事の投稿など,大歓迎であります。

 特にお若い方,私は全国約300城下町の9割以上の町へは行っていますが,各地で若い女の子の三人づれなどを見かけますし,若い男性の方も各地で見かけます。女男を問わず,たとえば新撰組関連の事柄にたいへん興味がおありである方,多いですよね。近藤勇首塚岡崎市にある(否定説もあり。わたしもどちらかというと否定派なのですが)こと,ご存知ですか?。

 また,德川家康公をはじめとする三河武士や戦国時代に関心のある方は,大変多いとお見受けします。ゲームの影響もあるでしょうかね。ちなみに私の先祖も「信長の野望」に出てきますよ。岡崎周辺は,その三河武士たちのふるさとであり,それはもう多数の史跡があります。そして「えっ,本多平八郞忠勝って,こんなちっぽけな村で生まれたの。」みたいなのが多いのです。

 本会に入会すれば,史跡めぐりなどで,人生の大先輩であるご年配の方から,本当に詳しいお話を聞くことができます。じつは,全会員の中で,私が最年少(といっても45歳)だと思います。また,私は禅宗(臨濟宗東福寺派)の受戒者(正式に佛弟子として戒を授けられ,〇〇院殿□□△△居士の戒名をもつ)でもあり,郷土史の研究会だけでなく,お寺のご住職のご年配の方に多く会う機会があります。

 人生の大先輩とお話をするとき,いつも「いい話が聞けたな。」と思うのです。なぜか?。当たり前ですが,自分より永く生きてこられた方のお話には,若輩者にはない重みがあるからです。

 そういえば先日,私が禅宗寺院に参禅しましたところ,お若い数人組の方たちが参加しておりました。

 本物の日本文化を知る。今の若者の多くにも共通することかなぁ,と感じました。

 

 老若男女は問いません。私たちと一緒に,岡崎周辺の歴史・文化に触れてみませんか。年会費は2,000円です。入会希望の方は,上記事務局か私柴田まで。