『御旗本 小石川水道橋外・參河國加茂郡大嶋陣屋家禄七、〇〇〇石旗本石川氏,喰違外御堀端・參河國額田郡本宿陣屋家禄三、〇二四石旗本柴田氏を両家を中心に』

                                          はじめまして。愛知県岡崎市在住の柴田知憲と申します。よろしくお願いいたします。

 この度自宅の個人用のパソコンに,別の事情からインターネットを繋ぎました。逆に言えば,この時代に,私はパソコンでインターネットを使っていなかったのです。ケータイも,ガラケー,「らくらくホン」。これで十分だったんですね。実は私は,極度の機械オンチ・機械嫌いです。

 これまでに調べてきた江戸幕府德川氏の直参御旗本について,タイトルにも書きました,現在依頼され執筆中の『御旗本 ・・・・・』について,途中経過を書いていこうと思います。また,何かご存知の方がいらっしいましたら,ご教示いただけると幸いです。

 「らくらくホン」の方でも,昨年の5月くらいから御旗本について,ヤフーブログに書いています。おそらくこれまでのどの歴史書にも書いていないこともたくさんかかれていますので,ご関心のある方は,私の『書肆(しょし)かりがねのブログ』を覗いてみてください。なお,ヤフーブログのほうは,昨年末あたりから「オノロケブログ」になってしまっております。今回,こちらにブログを作った理由です。今後は,歴史(私の本当の専門は,日英近世政治史です。だから,RP発音による英国英語が話せます)にかんする内容のものは,この「はてなブログ」へ,「オノロケプライベート記事」は,これまでどおり「ヤフーブログ」に書いていきたいと思います。

 どうぞ,どちらのブログへもお気軽にお越しいただき,またコメントなどございましたらご遠慮なくお書きいただきたく存じます。

 

 なお,近世史研究のプロの方は,執筆中の著書名をご覧になって,「これは旗本知行論」のものだな,と思われたと存じます。全く違います。「御旗本」そのものがテーマであり,旗本知行村の「特質」(この言葉,左翼的史観の方,好きですよね)云々は,主たるテーマでも,「章」がたてられる程の内容ですらありません。

 かつて盛んであっ,「旗本知行形骸化論」と「旗本知行否形骸化論」といった論争多少未成熟な議論であり,今の私の目から見て,江戸時代史を見る上で,特に何も残さなかったと感じられます。これについては,おいおい触れていくかもしれません。

 

 こちらでは初めてですので,簡単に自己紹介をおきます。

現在は,3事業を経営する自営業の代表です。古美術商・執筆業・学習塾の経営です。

平成8年度早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。同大学院博士課程単位取得。

臨濟宗東福寺派の受戒者でもある(靈海院殿鑑照知憲居士)。

越前太守柴田修理亮(実名勝家,幡岳寺殿)の養子柴田伊賀守某(自參院殿)を初代とし,二代柴田主殿(とのも)勝寧(かつやす)のときに德川氏に仕えた,元幕臣・靜岡藩士の末裔で,伊賀守より二十代目。家紋(正紋)は「二重輪双雁金」。