会員制古美術「かり」,執筆・講演「書肆かりがね」,学習相談・塾「允文學館」いんぶんがっかん。 研究論文「御旗本の実像」 岡崎地方史研究会 書記・幹事 元幕臣・旧靜岡藩士末裔 柴田知憲 NIJUWAFUTATSUKARIGANE

柳營學的関心から御旗本家について研究中。特に小石川水道橋外に江戸屋敷があり、參河國加茂郡に大嶋陣屋、大島陣屋、を置いた家禄7,000石の旗本大嶋石川氏と、喰違外御堀端に江戸屋敷があり、額田郡に本宿陣屋を置いた家禄3,024石の旗本本宿柴田氏について詳述。知行論や農村史は地方文書の引用はあっても関心は無い。一方意外に知られていない「御一新」前後の元旗本家についても詳述。私自身も幕臣・靜岡藩士の末裔で「貮重輪双雁金」は当家の家紋。

岡崎塾 允文學館 いんぶんがっかん 「冬期講習」受付中(若干名)平成30年度入会要項

※「冬期講習」の実施要項が完成いたしました。12月から1月上旬にかけて,個別学習形式で,1コマ2時間授業×80回開講されます。「通常授業」に在籍していただきますと,現學館生と同様に,受講料10,000円(税込)のご費用のみで,参加回数無制限で通學していただけます。5回でも,10回でも,40回でも,80回全部でも,受講料は10,000円のみです。入会金・教材費等も一切必要ありません。

※「冬期講習」のみの受講もお受けできますが,その場合は學館生外受講料となりかなり高額になるためお勧めできません。

当學館・「冬期講習」にかんするお問い合わせは,以下へどうぞ。

 

※当學館では,お問い合わせ後,および「3者面談」(後でご説明します)後,電話や手紙等による執拗な入会勧誘は一切行っておりません。よって,お問い合わせ等のお電話メールは,お気軽にどうぞ。「3者面談」および入会の申し込み等は,お手数ですが保護者から行っていただきますよう,お願い申し上げます。

お電話

携帯のみ 090-6763-3960 ※できるだけ午後5時半以降におかけください。         

メール   

携帯(変更)shurinosuke.iganokami.minamoto@docomo.ne.jp

FAX    0564-21-4963 (電話は通じません)

  

※昨年度までは,長い間,紹介と年1回の新聞折り込み広告による募集でしたが,ネット社会の普及と,紙資源の保護のため,今年度よりブログを中心にした新規募集に切り替えていきます。ご理解とご協力をお願い申し上げます。

 

平成30年度 新規入会者募集要項

 

1,允文學館の指導・運営方針

①学校から大量に配布されている副教材の効率的かつ徹底活用を通じて,成績とくに公立高校受験の決め手となる内申点の上昇を目標とする。はっきり言ってムダな塾用テキスト(しかも一般的な塾では卸値の3倍くらいの定価をつけている)は,購入していただかない。塾用テキストがいかにムダな代物であるのか,他塾から移ってきた方が前の塾で使用していた現物が多数ありますので,「3者面談」の際にご覧になってみてください。

②学習指導に直接関係のないことは徹底的に簡略化することにより,教材研究等に力を入れ,また保護者様から本来不必要な高額なご費用をいただかないで,最高の学習環境を整える。当學館には,「入会金」や「年会費」,「教材費」等々の,本来不必要なご費用は一切存在しません。必要なご費用は,毎月のお月謝(全学年とも週1回2時間×4週で税込み10,000円)と,希望者のみ受験する「夏期講習」・「冬期講習」のご費用(いずれも1コマ2時間授業×80回開講,参加回数無制限で税込み10,000円)のみです。自宅空き部屋を教室とすることや,宣伝・広告(当學館には、看板すらありません)に多額の費用をかけるのをやめることにより,ご費用を徹底的にさげております。

 

2,入塾資格

成績を上げようという意志のある小学生・中学生・高校生・高卒生。

・現時点での成績は不問です。

・平成29年度の中学生を例にとると,学年1位が2名,最高内申点はオール5でしたが,幅広い範囲の成績の方が通學しておりました。これは毎年のことです。

 

3,募集人数

若干名(5名程度)。

・当學館は,自宅の空き部屋を教室としております。したがって,多くの方を受け入れることは不可能です。当學館の指導・運営方針にご理解とご協力をいただける方を優先して入会を受け付けさせていただきます。

 

4,現在の授業形態

当學館では,「個別学習クラス」(小・中・高・高卒),「講義+個別クラス」(中学生),「完全一対一講義&演習クラス」を開講しております。

毎週月曜日 午後7時半~9時半 中学2年生 講義+個別クラス 

毎週木曜日 午後7時半~9時半 中学3年生 講義+個別クラス

毎週金曜日 午後7時半~9時半 各学年 個別学習クラス

毎週土曜日 午後5時半~7時半 中学1年生 講義+個別クラス

毎週土曜日 午後7時半~9時半 各学年 個別学習クラス

※「完全一対一講義&演習クラス」は若干名のみの受付,曜日・時間は相談の上決定,お月謝は税込み40,000円となります。 

※個別クラスは最大でも6名程度,中学生講義+個別クラスは最大で10名程度であり,少人数制です。

 

5,定期テスト対策「臨時開講」

上記のように,当學館では,月・木・金・土曜日を通常開講日としております。

中・高の定期テストの約3週間前から,「臨時開講」を実施し,毎日,参加回数無制限で通學していただくようにしております。何度参加されても,通常のお月謝以外のご費用は一切いただいておりません。

また,通常授業開講日は,自習に来ることができます。参加回数無制限で、お月謝以外のご費用は不要です。

また,近隣の各中学校の定期テストの収集にも力を入れており,こうした教材を利用したテスト対策も可能です。ちなみに,平成29年度は,新香山・岩津・常磐・北・葵・城北・甲山・愛教大附属の市内8中学からの通學者がありました。

 

6,入塾までのながれ

①当學館への入塾をご検討,またはお尋ねになりたいことがございましたら,遠慮なく上記の連絡先へお電話・メールをください。なるべく携帯のメールをご利用ください。

②当學館への入会をご検討中の場合は,「3者面談」のご予約をお取りください。なお,初めにも申し上げましたように,当學館から「3者面談」の勧誘は致しません。お手数ですが,保護者様からご予約をお願い申し上げます。

③「3者面談」を実施させていただきます。もちろん,ご両親とともに「4者面談」でも構いません。ここで,「他塾から移ってきた子がその塾で使っていたテキストの現物」,「当學館から岡崎・岡崎北などの難関校に進学した元學館生が残してくれた,実際に使っていた教材類の現物 (つまり良い例)」,卒業生たち本人が書き残してくれた「入試アンケート」などを一緒にみながら,当學館についての詳しい説明をさせていただきます。約1時間です。当學館では,上記のように,すべて「本物」のデータしか使用しておりません。

④ 「3者面談」後,再度ご家庭でご検討いただき,入会をご希望の場合は,その旨ご連絡ください。入会はいつからでも可能です。「3者面談」で,入会を決定される方も多くおられます。「3者面談」後の当學館からの入会勧誘の電話等は一切いたしませんので,入会のご意思がお有りの場合は,保護者様からご連絡をお願い申し上げます。  

 

7,その他

当學館では,「無料体験入塾」のような行事は,行っておりません。

理由は「無意味だから」です。

多くの塾・予備校にとって、「無料体験入塾」のような行事は,高額な入会金を保護者様に支払わせるための手段にすぎません。

①そもそも,たった数回の体験で,その塾が自分に合っているかどうかなんて,わかると思いますか?。

②多くの塾・予備校には,「体験授業専門の講師」,つまり授業がとても分かりやすく上手であるとか,入塾の勧誘がやたら上手い講師が,専門でいます。実際に入会したら,分数の計算もわからない学生アルバイトであったなんて例はザラです。

当學館では,入会にあたり,お月謝以外のご費用は一切いただいておりません。数か月通ってみていただいて,ご自分に合っているのか,考えていただきたいからです。

合格実績 平成30年度 岡崎 内申44 岡崎西 内申37 岡崎西 内申36 岡崎東 内申29 豊野 内申33 推薦合格 豊野 内申28 豊野 内申27 光ヶ丘女子 国際 内申25 推薦合格 平成29年度 岡崎 内申44 岡崎北 内申40 岡崎西 内申35 岡崎西 内申35 岡崎西 内申34 岡崎東 内申37 豊田工業 内申28 推薦合格 岩津 内申19 光ヶ丘女子 国際 内申34 推薦合格

 

 

岡崎教室の授業は,当社代表、指導歴20数年,早稲田大学大学院卒の講師柴田が担当します。

当學館の別のブログに自己紹介を載せています。

 

(株)貮重輪双雁金 学習相談部允文學館 愛知県公安委員会認可第543850908000号

岡崎教室 岡崎市鴨田町字広元57 せきやクリニックさんの近くです。 

 

柴田勝家の正しい家紋 (世間で出回っているのは間違いばかり)

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 はてなブログの方は,久しぶりの更新。ヤフーブログの方には詳しく書いてあるが,プライベートで色々なことがあって,こちらの方は手つかずのままだった。

 執筆中の拙著『御旗本・・・・』は,少しずつではあるが執筆中である。

 

 今回は,機械音痴の私が,やっと写真をパソコンのブログに掲載できるようになったので,まず手始めに,ヤフーブログの方では紹介済みの,「柴田勝家の正しい家紋」の写真を紹介する。ヤフーの方では,写真が小さすぎたからである。

 

 上記の写真は,愛知県豊川市(旧宝飯郡御津町)にお住いの,柴田さん方に伝存した古写真である。全国に「柴田勝家末裔」を名乗る家は多いが,この柴田さん方こそ,実は正真正銘の柴田勝家公の嫡流の末裔である。

 すでに前述のとおり,越前太守柴田修理亮(実名勝家)公は,天正十一年越前・北庄城で室小谷之方(お市)樣とともに自害する。その後,勝家公の養子たちは,德川氏に仕えて幕臣になったり(当家もこれです),大名家の家臣となったりして,柴田家の家名を存続した。

 その中で,德川將軍家の御直參御旗本家として,家録(禄)三、〇二四石を拝領し,勝家公流の武家諸家の中では「宗家」の立場にあったのが,他ならぬ,現豊川市在住の柴田さんのご先祖なのである。拙著で書き進めている,旗本本宿柴田氏である。

 「なぜ,江戸の御旗本の末裔が愛知県にいるの?。」という疑問を持たれた方は多いだろう。その理由は,瓦解ののち,東京で一士族として暮らしていた元旗本本宿柴田氏家族は,おそらく生活が行き詰まり,旧采地であった三河国宝飯郡に,かつての家臣で土地の素封家の援助で,明治二〇年代に東京から移住したからである。

 柴田さん方には,一般に大変数が少なく貴重な,旗本家の江戸屋敷側の史料が,伝存した。

 上記の古写真は,それらの史料とともに残されていた,明治時代も早い時期に撮影されたもので,ガラス板に焼き付けられている。

 写真に写っている「五」の文字が書かれた旗は,御使番の旗。右下に家紋が見える。

また,挟箱,兜が見える。これは,言うまでもなく,勝家公嫡流の旗本本宿柴田氏が旧幕時代に使用したものである。

 このうち、最も正確な家紋を描きやすい,御使番の旗に描かれた家紋が,旗本本宿柴田氏の,つまりは柴田勝家公の「正確な家紋」に間違いないのである。

 あらためて,一般に流布している勝家公の家紋との違いを確認すると,

1、上の雁金は,嘴を開いている。

2、上の雁金は,下の雁金よりも細長い。

 の2点である。ヤフーブログに載せた時より大きな写真になっているはずなので,ご確認いただきたい。

 ちなみに当家の場合は,外側の輪が二重になるだけで,中は上記の1、2、と全く同じです。

 

 断言したい。世間に出回っている勝家公の家紋は,100パーセント間違っている。

『御旗本 小石川水道橋外・參河國加茂郡大嶋陣屋家禄七、〇〇〇石旗本石川氏,喰違外御堀端・參河國額田郡本宿陣屋家禄三、〇二四石旗本柴田氏を中心に(仮題)』の「はじめに」の概略(2)

 旗本大嶋石川氏,旗本本宿柴田氏について,他の一般的な多くの旗本家と違い,私自身が直系子孫の方を存じ上げている,ということは前述しました。ところで,この両旗本家については,もう一つ重大な共通点があります。

 それは,両家とも「高の人」(家禄三千石以上)の大身旗本であり,石川氏はいわゆる「參河以来」,柴田氏は戦国武将の嫡流という家柄でありながら,これまで刊行された書籍,あるいはネット上のサイトなどで,「正確な家紋」が掲載されたことが全く無い,という点です。私がこれまで見てきた限り,これらの両家の「正確な家紋」を掲載しているものは一つもありません。

 これも,「旗本知行論」や村の歴史をやっている方にはどうでもよいことなのかもしれませんが,「柳營学」のほうからすると,「正確な家紋」に訂正する必要があります。なぜなら,江戸時代には,家紋というものが今とは比べ物にならないほど重要なものであったからです。

 前述しましたが,柴田勝家の家紋はお土産やさんなんかにも売っていますが,すべて間違っています。

 旗本大嶋石川氏の正紋は,『寬政譜』によれば「二重輪篠龍膽」(にじゅうわささりんどう)です。直系子孫の岐阜県の石川様方では「いしかわりんどう」と呼んでいるそうですが,現当主石川裕医学博士の言われるように,一般に知られている「篠竜胆」のように花びらの先が尖っておらず,丸まった形をしています。そして,花の真ん中には小さな〇があります。これに内側に細い輪,外側に太い輪が描かれています。菩提寺であった法華宗大久寺(現在は田端に移転)に歴代当主の2メートル以上はあろうかという墓碑が並んでいますが,ここに刻まれた家紋は,まさにそのようなデザインとなっており,「正確な家紋」ということができます。

 旗本本宿柴田氏の家紋については,すでに前述です。

 実は上記の二家に限らず,旗本家の家紋には武功などによりその家だけに許されたものが多く,『旗本人名事典』などに掲載されたものは間違っていることが非常に多いのです。たとえば三河には,鈴木姓の旗本の采地が四家あったのですが,どの家も正紋は「抱き稲」ですが,各家ごとに稲の葉の折れ方が違うのですが,辞典類・サイト等では間違ったままです。

岡崎地方史研究会・豊田市郷土史研究会・早稲田大学日本史攷究会・・・・筆者が寄稿した研究会

岡崎地方史研究会

 ここで,これまでに,私(柴田)が書いたものを寄稿してきた研究会について紹介しておきたいと思います。

①岡崎地方史研究会 おかざきちほうしけんきゅうかい・・事務局,岡崎美術博物館内

 岡崎市高隆寺町字峠1 電話0564-28-5000(代表)

  岡崎地方史研究会は,三河史談会を前身として,昭和二十年(1945)に発足,その機関紙『研究紀要』は,平成二十八年度で第45号となる,たいへん長い歴史のある郷土史研究会です。

 私,柴田知憲は,同会の歴史部2部の幹事を仰せつかっております。

 『研究紀要』には,一地方史研究会のものとしては学術的かつ高度な論文もこれまで多数掲載されてきました。特に大学などのアカデミズムの世界で,1960年代以降~「東の崩壊」,「マルクスの死が」明瞭になった1990年代初頭の時期の掲載論文を見ても,史観偏向はほとんど見られないです。私(柴田)私見ですが,このような役割を果たしつづけてきた各地の郷土史研究会の『研究紀要』の類は,今なおふりかえる価値が十分にあると考えています。

 歴史とは何か。私は,ご自分の関心のあることを研究すれば良いと思います。

 ただ,「歴史観」めいたものは,もっておいた方が良いと思います。

 かつて,「歴史学」=唯物・発展史観マルクス主義でした。特に大学(アカデミズム)の世界では。私くらいがそ最後の世代じゃないでしょうか。

 つまりユダヤプロイセンマルクスの描いた図式,

 人間社会は一部の支配階級と大多数の被支配階級(生産者)の階級闘争であり,「革命」を経て、

 古代奴隷制→封建制→資本主義→社会主義共産主義

 そして,たとえば,「明治維新」は,封建制から資本主義への「ブルジョワ革命」なのかあるいはその前段階なのかといった,今日から見たらきわめて不毛で意味の無い論争が繰り広げられていたのです。

 

 「歴史とは,いくつかの偶然の政治の積み重ねの結果である。」

 

 私はそのような「歴史観」を,私はもっております。

 

 話が難しくなりました。

 郷土史研究会ですから,何も難しくは考えずに,気楽に史跡めぐりなどの行事へのご参加・『研究紀要』や機関誌「地方史研究会便り」への記事の投稿など,大歓迎であります。

 特にお若い方,私は全国約300城下町の9割以上の町へは行っていますが,各地で若い女の子の三人づれなどを見かけますし,若い男性の方も各地で見かけます。女男を問わず,たとえば新撰組関連の事柄にたいへん興味がおありである方,多いですよね。近藤勇首塚岡崎市にある(否定説もあり。わたしもどちらかというと否定派なのですが)こと,ご存知ですか?。

 また,德川家康公をはじめとする三河武士や戦国時代に関心のある方は,大変多いとお見受けします。ゲームの影響もあるでしょうかね。ちなみに私の先祖も「信長の野望」に出てきますよ。岡崎周辺は,その三河武士たちのふるさとであり,それはもう多数の史跡があります。そして「えっ,本多平八郞忠勝って,こんなちっぽけな村で生まれたの。」みたいなのが多いのです。

 本会に入会すれば,史跡めぐりなどで,人生の大先輩であるご年配の方から,本当に詳しいお話を聞くことができます。じつは,全会員の中で,私が最年少(といっても45歳)だと思います。また,私は禅宗(臨濟宗東福寺派)の受戒者(正式に佛弟子として戒を授けられ,〇〇院殿□□△△居士の戒名をもつ)でもあり,郷土史の研究会だけでなく,お寺のご住職のご年配の方に多く会う機会があります。

 人生の大先輩とお話をするとき,いつも「いい話が聞けたな。」と思うのです。なぜか?。当たり前ですが,自分より永く生きてこられた方のお話には,若輩者にはない重みがあるからです。

 そういえば先日,私が禅宗寺院に参禅しましたところ,お若い数人組の方たちが参加しておりました。

 本物の日本文化を知る。今の若者の多くにも共通することかなぁ,と感じました。

 

 老若男女は問いません。私たちと一緒に,岡崎周辺の歴史・文化に触れてみませんか。年会費は2,000円です。入会希望の方は,上記事務局か私柴田まで。

  

  

かりがね 刊 『御旗本 小石川水道橋外・參河國加茂郡大嶋陣屋家禄七、〇〇〇石旗本石川氏,喰違外御堀端・參河國額田郡本宿陣屋家禄三、〇二四石旗本柴田氏を中心に(仮題)』,「はじめに(序)」の要点。(1)

 現在執筆中の上記書籍は,前述の通り,「旗本知行論」を論じるものではありません。「御旗本そのもの」を描き出したいと考えています。

 理由は,こうです。

 まず,第一に,上記のニ家については,私(柴田)自身が,両家の直系子孫の方を存じ上げており,なおかつ分量は少ないものの,御旗本家江戸屋敷の主人であった両家の古文書が残されていて,私が郷土史研究会の『研究紀要』や小著で発表している他には,研究が無い,ということがあげられます。

 大嶋陣屋石川氏(以後「旗本大嶋石川氏」とする)の場合,直系子孫の石川様は岐阜県で開業医をされており,今でも旧采地とのつながりを持ってみえます。私も大嶋で石川様ご家族とお会いしたり,岐阜のご自宅をお訪ねし史料を拝見し,また貴重な家伝を伺いました。

 ちなみに,後述しますが,旗本大嶋石川氏は伊勢龜山藩石川氏六万石の分家で,江戸時代には同族の大名家二家,旗本家三家とは養子縁組などで緊密な関係にありました。しかし現当主石川裕医学博士によれば,現在では,旧石川子爵家をはじめ,どの家のご子孫のお宅とも交流はないそうです。また,旧江戸幕府幕臣子孫の交流会「柳營会」の会員でもないそうです。

 

 一方,本宿陣屋柴田氏(以後「旗本本宿柴田氏」とする)は,越前太守柴田修理亮(実名勝家)の嫡流にあたる家です。全国に柴田勝家の子孫と称する家は多いですが,旗本本宿柴田氏が,正真正銘の直系子孫です。柴田様のお宅は,明治二十年代までは東京に留まりましたが,のちに旧采地參河国寶飯郡に移住され,そのため旧宝飯郡御津町→合併により豊川市にお住まいです。現ご当主柴田勝久氏は勝家公から十七代です。

 余談ですが当然,私の家の宗家にあたるわけですが,やはり平成になるまで,交流はありませんでした。

 豊川の宗家柴田様方も,私の家も「柳營会」には入会しておりません。

 柴田様方には,かなりの量の江戸屋敷の古文書が残っています。これは大変貴重な史料ですが,柴田様方は大身御家であった自家の歴史に全く関心がないそうで,それらの史料は,旧御津町に寄贈され,現在は豊川市所蔵となっています。この前行ったとき,無造作においてありましたので,少し心配です。

 元旗本柴田家文書には,「門外不出」とされていた家系図があります。私はまだよく見てはいないのですが,清和天皇以来の系図であり,特に織田信長公の歴史の新事実を発見できるかもしれません。今度,写真に撮って,早大の大先輩である静大名誉教授の小和田哲男博士に見ていただこうと思いながらも,なかなか果たせません。

 

 なお、柴田修理亮勝家の「家紋」についひとこと。

 最近,戦国時代ブームなのか,先日開通した「新東名」の「岡崎サービスエリア」にたちよりましたら,なみいる戦国武将の「家紋シール」の中に柴田勝家のものもあり、それはそれで嬉しかったのですが、みごとに間違っていました。

 実は元旗柴田家文書の中には,明治期に撮影された江戸時代の「御使番」の旗に描かれた家紋の写真が残されているのです。これを見ると,

 ①上下二羽のかりがねのうち,上のかりがねはくちばしを開いている。 

 ②上のかりがねの方があきらかに下のかりがねより細長い。

ことがわかります。私の家の家紋でも,輪が二重である他は,宗家の通りです。

この写真は,私のケータイの「書肆かりがねのブログ」に写真も載せてあるので,関心がある方はご覧になってみてください。